100日後に丁寧な暮らしをする限界OL

お金を稼ぐよりも何よりも「丁寧な暮らし」がしたいと気づいた限界OLが、理想の「丁寧な暮らし」を目指す日々です。

私のメールが読まれない理由と未来への進む道

ラジオ番組に送ったメールが、まったく読まれなくて疲れた。

 

なんてネットに書こうものなら、「応募総数がすごい番組は読まれるほうが奇跡」「ハガキ職人はお前の何倍もメールを出してる」「思いつめずにいいから書けよ」とか聞こえてきそうである。

はい、これらの意見が今、届きました。私の脳に直接。

 

言いたいことはめっちゃわかる。この悩みに付随するいろいろな記事も読んだ。

 

note.com

 

blackdaysfilm.com

 

番組が人気であればあるほど、自分のメールが読まれなかったことでそこまで凹む必要ない。むしろ好きな番組に、自分以外のサポーターがちゃんとついているのだ。本来喜ぶべきことだろう(打ち切りの心配が少ないという意味で)。

 

1回読まれなかったくらいでなんだ。そこでめげずにメールを送り続けるのが大事だと、どの記事でも言っていた。

 

 

でも、やっぱりメールが読まれないと、普通に悲しいと思う。

読まれなかったのがたとえ10回でも、1回でも悲しいものは悲しい。

 

自分のメールは読まれないが、常連リスナーのメールが読まれる。そのたびに「あ~。またこの人~」となる。(諦めに似た何か)

 

放送のたびにドキドキして、ラジコを集中して聴く日々。結局、送ったメールは読まれない。いやわかる。読まれないのは、完全に自分のラジオメールの質が低いからだろう。

 

でも、いいかげん疲れた。

 

こういうとき、向上心のある人なら以下のような行動をとるのだろう。

 

・過去回を全部聴いて、食いつかれそうな話題を分析してみる

・読みやすいメールを研究してみる(これは大事だと思う)

・生放送中に出た話題に関するメールをすぐ送る(読まれる率高いらしい)

・季節にあったメールを出す

・・・・・・

 

実際、私もこれらをやってみようとした!!

さっそく、過去回をぜんぶ聞いてみよう!!

ハガキ職人もすなる努力といふものを、われもしてみむとてするなり!!

 

・・・

 

でも、分析のために過去回を全部聞こうとするの、けっこうしんどかった。てか、めんどくさかった。

 

いつも楽しいはずの番組が、ちっとも楽しくない。トークに耳を貸す余裕が減ってしまった。過去回でさえ、「またこの人の読まれてる……」と思うともうダメだった。しんど。はあ、もういいや。やめよ。

 

疲れた。大好きな番組のことなのに、やる気にならない自分が情けなくなった。何もしないと、またメールが読まれなくて悲しい思いをするのに。でもなんでだろう、分析ってぜんぜん楽しくない……。

 

軽く自己嫌悪に陥った。そして気づいてしまった。

 

「メール読んでもらうのが目的で、この番組をずっと聞いていたわけじゃないのに……」

 

たしかに、メールを読まれたら最高だ。1回インパクトのあるメールを送れば、それをきっかけに常連になれるかもしれない。自分の書いたメールを大好きな人が読んでくれるなんて、そんな世界があるのかと嬉しくなる。限定ステッカーももらえるし。

 

でも、そもそもメールを読まれたいからそのラジオを聞いてたのか?と聞かれると、やっぱりそうじゃないよな、と思う。

 

パーソナリティーのコンビネーション最高なトーク、ゆるく笑えるネタコーナー、穏やかな雰囲気。そういうのが好きでずっと聞いてたんじゃないのか。

 

私にはハガキ職人になる素養が備わっていないのかもしれない。「メールを読まれる」ためにする努力を、まったく楽しめなかった。向いていない気がする。

 

もっと別の方法で、好きなラジオ番組やパーソナリティーの人を応援したほうがいい気がしてきた。

 

「どんだけメール送っても読まれない!もうしらん!」ってなっても、自分が可哀想だし。ちょっといったん落ち着こう。

 

ま、限定ステッカーはほしいけどね。